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Richard III リチャード三世

イギリス映画 (1995)

シェイクスピアの代表作を、20世紀前半という時代設定の下で映画化した作品。リチャード3世にはイアン・マッケランが扮し、迫力ある怪演を見せる。マシュー・グルーム(Matthew Groom)は、エドワード4世の次男ヨーク公リチャード(9歳)として、少しだけ顔を見せる。このサイトは、映画自体の紹介ではないので、ここでは、ヨーク公リチャードについて歴史的な事実を紹介しておこう。1483年4月9日にエドワード4世が死亡すると、長男の王太子エドワードは12歳で王位を継承し、エドワード5世となったが、5月4日の戴冠式は6月25日に延期された。そして、5月19日に、当時の伝統に従い、戴冠式の前の王が滞在する宮殿であるロンドン塔へと移る。6月16日には、ヨーク公リチャードもロンドン塔に移り、兄と一緒になった。この時点で、戴冠式は無期延期にされる。それから1週間もしない22日には、エドワード4世の弟にあたるグロスター公リチャードこそヨーク家(王家)の真の後継者であるとの辻説法が行われ、25日には貴族や騎士の一団がグロスター公に対し、王位を継承するよう請願した。また、同じ6月の時期は不明だが、バースとウェルズの司教Robert Stillingtonが、「エドワード4世は、1461年、未亡人だったLady Eleanor Talbot(1436~68)と3人だけ(2人+司教)で秘密裏に結婚した。従って、1464年の王妃との結婚は無効で、2人の王子には王位継承権はない」 と指摘する。リチャードはこれに基づいて議会を説得し、最終的に1484年1月23日に議会制定法『王たる資格(Titulus Regius)』を通し、正式に正嫡ではないと宣言させた。こうした状況は、映画でも、グロスター公がバッキンガム公や司教を丸め込んで裏工作をする様子が克明に描かれている。リチャード3世の戴冠式は1483年7月6日に執り行われ、以後、2人の王子は塔の内部に幽閉され、夏以降、完全に姿を消す。すぐに殺されたとの強い噂が立ったが、リチャード3世は否定しなかった。このことから(生きていれば、疑いを晴らすため公開するはず)、リチャード3世が1485年に死ぬと、2人はリチャード3世の命令で殺されたという話が定説化し、シェイクスピアもそれに従う。トマス・モアが1512-19年にまとめた『History of King Richard III』の中で、リチャード3世の命令でSir James Tyrrellが2人の王子を殺害したと自白(1502年)したと書かれているのが唯一の証拠とされる。現在でもリチャード3世による殺害説は最有力だが、リチャード3世を倒してテューダー朝の開祖となったヘンリー7世の関与説もあり、また、王太子は重病で獄死したとの見方もある。2人の王子の悲劇は、「塔の中の王子たち(Princes in the Tower)」として知られている。絵は、1829年にSir John Everett Millaisによって描かれたヨーク公リチャード。マシュー・グルームがこの役を射止めたのは、絵と似ているからだろうか? 映画出演はこれ1作だけである。


出演シーンの説明

映画の冒頭、エドワード4世の軍が勝利を収めると、その後に、即位を祝うパーティのシーンが続く。そこでは、まず、ヨーク家の主要メンバーだけで記念写真を撮る(写真)。写真に映っているのは、左から、①グロスター公リチャード(エドワード4世の弟〔末弟〕、後のリチャード3世)、②エドワード4世の王女エリザベス(後の、ヘンリー7世の王妃、有名なヘンリー8世の母)、③エドワード4世、④ヨーク公リチャード(エドワード4世の次男)、⑤エドワード4世の妃エリザベス、⑥クラレンス公ジョージ(エドワード4世の弟)、⑦ヨーク公妃(エドワード4世、クラレンス公ジョージ、グロスター公リチャードの母)。
  

舞踏会のシーンから3枚。1枚目は、王子が王妃に抱かれている姿。皆が踊っているので、体を振って楽しんでいる。左隣は国王。2枚目は、王妃と踊る王子。王妃は、弟のリヴァーズ伯アンソニーが姿を見せたので、大喜びで迎えにいく。寄っていった王子は、リヴァーズ伯に抱き上げられる(3枚目の写真)。伯爵を演じているのは、アイアンマンことロバート・ダウニー・Jr。
  
  
  

パーティ・シーンの後、クラレンス公が逮捕される。国王〔クラレンス公より6歳半年上の兄〕により、ロンドン塔に送られる場面だ〔3歳年下の末弟グロスター公が、国王に嘘を吹き込んだ〕。王室関連では、その後、国王が咳に苦しむ場面を経て〔エドワード4世の急死の原因は、肺炎or腸チスフor毒殺と推定されている〕、王妃と弟リヴァーズ伯の内輪の朝食の場で、王子がカウボーイごっこをして遊んでいる姿が映される。リヴァーズ伯は、インディアンの酋長のような羽飾りを付けている。ということは、リヴァーズ伯が甥のために買ってきたのであろう。王子は、叔父の隣に再度座ると食事を続ける(1枚目の写真)。王妃は、リヴァーズ伯に、王の健康が心配だと話し、死んだらどうなるかと不安を漏らす。リヴァーズ伯は、2人の王子がいるから大丈夫と安心させる(2枚目の写真)。王妃は、2人を敵視するグロスター公が摂政になると、さらに不安を募らせる。
  
  

その後、クラレンス公は、グロスター公が放った刺客により、ロンドン塔内で殺される。ブライトンのロイヤル・パヴィリオンで海の香りを楽しんでいた王は、グロスター公から弟が処刑されたと聞かされ、ショックのあまり病状が急に悪化し、死亡する(このシーンでも、王子は一瞬登場するが、顔がはっきり分からないほどなので、写真は割愛する)。王太子がロンドンに到着する前に、リヴァーズ伯は、グロスター公の刺客により暗殺される。その時、宮殿では、王子が鉄道模型で遊んでいた。王妃はヨーク公妃(エドワード4世の母)と話している。そこに王子がやってきて、「リチャード叔父様〔グロスター公〕は、早熟だそうですね。生まれて2時間でパンの皮をかじったと聞きました」と話しかけ、王妃から、意地の悪いことを言ってはいけないと注意される(1枚目の写真)〔壁に耳ありなので、グロスター公の悪口を言ったら何をされるか分からない〕。その直後、王妃は、弟リヴァーズ伯の死を知らされる(裏にグロスター公がいることも)。王子が、引き続き汽車で遊んでいると、男が、靴でレールを踏んで汽車を脱線させる(2枚目の写真)。男は、グロスター公の刺客で、王子の暗い将来を暗示するシーンになっている。
  
  

王太子を乗せた列車が駅に到着する。摂政であるグロスター公の指示で、出迎えは最少限の関係者のみ。王子は、手を振って(1枚目の写真)、兄を迎えに走って行く。列車から降りた王太子は、この場面が初登場(2枚目の写真)。歴史的事実は、12歳と9歳だが、映画の王太子はどうみても青年だ。出迎えが少ないのに驚いた王太子に対し、グロスター公が嘘の言い訳を述べていると、王子が寄って来て、「リチャード叔父様」と 手を引っ張り、列車の中に連れていく〔王子に対して、優しい叔父の顔を見せるところが怖い〕。次に現れた時、王子はグロスター公のシルクハットをかぶっている。そして、「猿のように小さいから、肩にかつげるでしょ」と言って(3枚目の写真)、不具の左肩に乗ろうとしたので、激痛のあまりグロスター公は倒れ、王子も投げ出される〔この時も、王子に対しては怒らない〕
  
  
  

王太子は、グロスター公に、戴冠式までどこにいるべきか尋ね、グロスター公は、ロンドン塔で休息するのがベストだと勧める。それを聞いた王子は、「塔では怖くて眠れませんよ」と反対する。そして、グロスター公に、何が怖いかと訊かれると、「クラレンス叔父様の怒った幽霊。お祖母様が、塔で殺されたと話して下さった」と打ち明ける(写真)。しかし、王太子は、王子を車に押しやると、自分は怖くないと言って乗り込む。2人が車に乗ると、グロスター公は、陰謀に加担しているバッキンガム公に、「若く賢き者は、長生きせぬと 聞き及びますな」と 曰くありげな言葉をかける。
  

王子の最後の登場シーンは、リチャード3世となったグロスター公の命令で、刺客により、赤い布を被せられて窒息死させられるシーン。一瞬、直前の寝顔が映る(写真)。
  

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